2005年07月28日

強迫性障害


26日の夜8時からのNHK「介護ネットワーク」という番組に車谷長吉さんが出演していました。

仕事の合間に、いつもはほとんどみない新聞のテレビ欄をなにげなく眺めていると「車谷長吉」の文字。しかし、「介護ネットワーク」という番組。

??と思いながらも昨日は台風直撃だったこともあり、仕事を30分早く切り上げ急いで帰宅しました。

内容は、「脅迫性障害の9年を語る」というもの。車谷長吉さんが精神を病んでいるのは彼の本で知っていましたが、一日700回も手を洗ったり、飛んでいるスリッパや靴を追いかけるなど、壮絶な病気との戦いを語っていました。

飾磨の生まれである彼は、男たるもの泣き言をいわず、黙って強くなければならないという教えを受け(それは「塩壺の匙」「吃りの父が歌った軍歌」で描く車谷長吉さんの軍人で先生だった父親の姿をみればわかるような気がします)、根底にあるこの考え方が、作家であり夫である自分自身に完全さを求め、強大なプレッシャーとなっていったようです。

しかし9年の闘病生活の間に病状は快方に向かっているようで、さわやかなブルーのボタンダウンのシャツを着た彼は、どんどんおしゃべりをしていました。
自身でもおっしゃっていましたが、とても話し好きで、夕飯時にはどちらかというと無口な高橋順子さんを相手に長い時間お話しするそうです。
以前、「武蔵丸」かな?なにかの短編におしゃべりが好きだという文章があったのですが、小説を読む限りでは想像できず違和感を感じていたのですが、今回納得できた気がします。

テレビ出演は滅多にしないという彼が、こういう番組に出て、自分の病状のことを語ったことは、強迫性障害という病気がいかに辛く、苦しいものであるのかと思いました。

車谷長吉さんはお話しの間、何度か自分を「もし棒高跳びの選手であったら…」とたとえていました。なぜ棒高跳び?と不思議でしたが、平泳ぎの選手とかじゃなくて良かったなと思いながら見ていると、3度目くらいに少し大きな声で、「もし棒高跳び…」とたとえたときはすこし微笑ましくも思ってしまいました。

ともあれ、初めて話す姿をみたのですが、カタブツでどぎついような人なのかと思いきや、意外とさっぱりとした印象でした。
でも、己の身を削り、"言霊"を刻み込み、おそろしいほどの執念をもって小説をつむぎ出す、そんな姿勢で普段も生活していたら、それは本当に生きてはいられないとだろうと。だから強迫性障害になり、今は直ることはないが乗り越えて落ち着いている。それがさっぱりとした印象を持たせたのかもしれません。




「飆風」
講談社(2005/02) 1575円
生きることで他人を傷つけ、小説を書くことで自らをも痛めつけてゆく。すさまじい作家が、己の精神を追い込み、崩壊していく様を曝した、最後の私小説。


「塩壺の匙」
新潮社 文庫(1995/10) 500円
吉祥天のような貌と、獰猛酷薄を併せ持つ祖母は、闇の高利貸しだった。陰気な癇癪持ちで、没落した家を背負わされた父は、発狂した。銀の匙を堅く銜えた塩壷を、執拗に打砕いていた叔父は、首を縊った。そして私は、所詮叛逆でしかないと知りつつ、私小説という名の悪事を生きようと思った。―反時代的毒虫が二十余年にわたり書き継いだ、生前の遺稿6篇。


「武蔵丸」
新潮社 文庫(2004/04) 460円
伯母の家に預けられた村の子の眼に映る周囲の人びとの物狂いの世界を綴る「白痴群」。ともに五十歳近い初婚夫婦が、一匹の兜虫の生と性のすさまじさ、むごさを見ながらその死を看取る「武蔵丸」(第27回川端康成文学賞受賞)。他に「狂」「功徳」「一番寒い場所」など、「書くことは、私には悲しみであり、恐れである」という著者の、業曝しの精神史としての私小説6篇を収録。


「赤目四十八瀧心中未遂」
文芸春秋 文春文庫(2001/02) 460円
「私」はアパートの一室でモツを串に刺し続けた。向いの部屋に住む女の背中一面には、迦陵頻伽の刺青があった。ある日、女は私の部屋の戸を開けた。「うちを連れて逃げてッ」―。圧倒的な小説作りの巧みさと見事な文章で、底辺に住む人々の情念を描き切る。直木賞受賞で文壇を騒然とさせた話題作。







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posted by maa at 02:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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